- ラジカル種によるビニルトリフラートの変換反応
有機フッ素化合物はフッ素原子の特異性により様々な分野で重宝されています。例えば,最近20年間で開発された農薬の約5割がフッ素化合物であることが明らかになっています1。そのため,効率的にフッ素置換基を有機分子に導入する手法の開発は重要な研究課題であります。ビニルトリフラートは遷移金属触媒やイオン反応など,二電子制御による手法が一般的でありました。二電子制御法ではトリフラート部位はハロゲン原子の代わりとして働き,重要なフッ素官能基を最終生成物へと導入することができません。これは3つのフッ素原子とスルホンの電子求引性によりトリフラートイオンが非常に安定であることに起因しています。
従来のビニルトリフラートの利用法
一方,私たちの研究グループでは,一電子制御による手法を用い,トリフラートイオンが脱離するのではなく,有機合成において重要な活性種であるトリフルオロメチルラジカルが脱離し,これを鍵活性種として用いる新規変換反応を見いだしました2。
本研究で見いだしたビニルトリフラートの新しい利用法
例えばビニルトリフラートに対してトリエチルボラン(Et3B)やAIBNなどのラジカル開始剤を作用させると,トリフルオロメチルラジカルの生成を経て,α-トリフルオロメチルケトンが効率よく得られることを見いだしました2,3。本手法を用いると,ビニルトリフラート以外のビニルペルフルオロアルカンスルホナートからも効率よくペルフルオロアルキル化生成物が得られます。
ビニルトリフラートの置換基の種類によっては,容易に加水分解を受けるため精製が困難となる場合があります。そこで,ケトンおよびアルキンのいずれの基質を出発基質として用いても,one-potで生成物を得られることを見いだしました。
One-pot反応(不安定ビニルトリフラートも利用可能)
トリフルオロメチル基の移動反応は,分子内反応と分子間反応の双方が考えられる。DFT計算およびスクランブリング実験から,分子間反応で進行していることが示唆されました。この結果を利用し,アルケン共存下でビニルトリフラートに対してラジカル開始剤を作用させると,トリフルオロメチルラジカルがアルケン付加,次いでビニルトリフラートに付加しケトンのγ位にトリフルオロメチル基を有する化合物を得ることができました4。
参考文献
(1) Ogawa, Y.; Tokunaga, E.; Kobayashi, O.; Hirai, K.; Shibata, N. iScience 2020, 23, 101467.
(2) Kawamoto, T.; Sasaki, R.; Kamimura, A. Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 1342–1345.
(3) Kawamoto, T.; Noguchi, K.; Takata, R.; Sasaki, R.; Matsubara, H.; Kamimura, A. Chem. Eur. J. 2021, 27, 9529–9534.
(4) Kawamoto, T.; Morioka, T.; Noguchi, K.; Curran, D. P.; Kamimura, A. Org. Lett. 2021, 23, 1825–1828.
2. 求核的なホウ素化反応
有機ホウ素化物は,鈴木-宮浦反応や酸化反応など,様々な変換反応における合成中間体として重宝されています。有機ホウ素化合物の合成には一般に,ホウ素の有する求電子性を利用した合成,すなわち求電子的ホウ素化反応が中心でした。
一方,極性転換型ホウ素化反応,すなわち求核的なホウ素化反応は,求電子的ホウ素化反応の相補的な反応として注目されています。3配位ホウ素ラジカルはLewis塩基安定化ボラン(L•BH3 L: Lewis塩基)の水素引き抜きにより生成可能であり,炭素ラジカルと同様,求核性を示すことがESR研究により古くから明らかになっていました1。しかし,合成化学的に炭素―ホウ素結合形成反応に利用した例はありませんでした。2015年,N-ヘテロ環状カルベンボラン(NHC-BH3)の水素引き抜きにより生じるホウ素ラジカルの求核性を利用した,世界で初めての実用的な炭素―ホウ素結合形成反応を報告しました2–5。例えば,ホウ素ラジカルがニトリルに対して求核付加し,イミニルラジカルが得られ,続くβ開裂反応により炭素―炭素結合が切断されシアノボランが得られます。また,イミンに対するアンチヒドロホウ素化反応も報告しています6。
参考文献
(1) Robertsら, J. Chem. Soc. Chem. Commun. 1983, 315.
(2) Kawamoto, T.; Geib, S. J.; Curran, D. P. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 8617–8622.
(3) Kawamoto, T.; Oritani, K.; Curran, D. P.; Kamimura, A. Org. Lett. 2018, 20, 2084–2087.
(4) Hayashi, Y.; Kranidiotis‐Hisatomi, N.; Sakamoto, D.; Oritani, K.; Kawamoto, T.; Kamimura, A. Eur. J. Org. Chem. 2018, 2018, 6843–6847.
(5) Kawamoto, T.; Oritani, K.; Kawabata, A.; Morioka, T.; Matsubara, H.; Kamimura, A. J. Org. Chem. 2020, 85, 6137–6142.
(6) Kawamoto, T.; Morioka, T.; Noguchi, K.; Curran, D. P.; Kamimura, A. Org. Lett. 2021, 23, 1825–1828.
3. 新規電解質の合成
当研究室で開発した反応を利用して,新規電解質を開発しています。特に,高分子シングルイオン伝導体の合成に注力しています。本プロジェクトはJSTのGteX(革新的GX技術創出事業)により支援を受けています。
4. ポリマー分解
ラジカルの生成を鍵過程とする,ポリマー分解反応を開発しています。